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東京地方裁判所 昭和57年(ヨ)2273号

債権者

渡辺昌幸

右訴訟代理人弁護士

遠藤隆也

債務者

学校法人大東文化学園

右代表者理事

下田博一

右訴訟代理人弁護士

柴田政雄

鹿児嶋康雄

浅田千秋

主文

一  債務者は、債権者に対し金八五〇万円及び昭和六一年一〇月から本案の第一審判決の言渡しがあるまで毎月二五日限り金二〇万円を仮に支払え。

二  債権者のその余の申請を却下する。

三  申請費用は、これを二分し、それぞれを各自の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  債権者が債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位を仮に定める。

2  債務者は、債権者に対し昭和五七年四月一日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日に月額金三一万四六〇四円の金員を仮に支払え。

二  申請の趣旨に対する答弁

1  本件申請を却下する。

2  申請費用は債権者の負担とする。

第二当事者の主張

一  申請の理由

(被保全権利)

1 雇用契約、解雇及び解雇当時の賃金

(一) 債務者(以下「学園」ともいう。)は、教育基本法及び学校教育法に従い学校その他の教育並びに研究施設を設置することを目的とする学校法人であるが、債権者は、昭和四七年一〇月一日学園に採用され、管理部管理二課に勤務し、その後各課長を経験し、昭和五六年五月一一日財務部管財課長より就職部渉外課長に配置換えとなって勤務していた。

(二) 学園は、昭和五七年三月三一日債権者に対し、解雇通知書をもって同日付をもって解雇する旨の意思表示(以下「本件解雇」という。)をした。

(三) 学園は、毎月二五日に賃金を支払っているが、債権者の昭和五七年三月当時の月額賃金は、俸給二三万七〇〇〇円、特別調整額二万八四四〇円、扶養手当三五〇〇円、調整手当二万四二〇四円、特別手当(A)一万八九六〇円、住居手当二五〇〇円の合計三一万四六〇四円であった。

2 解雇の無効

(一) 解雇通知書記載の解雇理由

解雇通知書によると、学園は、解雇理由として、債権者の次の七点の言動を挙げ、債権者が就職部渉外課長という管理職の地位にありながらこれらの言動に及んだことは、就業規則二八条一項三号(故意に規則又は規程を無視し若しくは正当な理由なくして上司の命令に違反して本学園の秩序を著しく乱したとき)、一〇号(その他前各号に準ずる不都合な行為があったとき)の懲戒解職事由に該当するが、債権者の将来を考え、任免規則二四条八号(学園の都合によりやむを得ないとき)を適用して解任する、というものである。

学園が解雇事由として挙げる債権者の言動は次の七点である。

(1) 昭和五六年一二月七日の事務連絡会議における不穏当発言

昭和五六年一一月一六日の事務連絡会議(学園業務の趣旨や執行方針についての説明や打合せ等を目的として行われる課長以上の管理職による会議で、理事長、常務理事、学長及び事務局長、学務局長等が出席し、原則として二週に一回、月曜日に開かれる。)の席上、鈴木理事長が「学園の内外に学園の秩序を混乱させるが如き学長や一部理事を中傷誹謗する文書が配布されていることは遺憾である。かかる行為者に対しては判明次第学園の綱紀粛正上然るべき処置をとる。学園職員の中にそのような人がいるとは考えたくないが、もしいるとすれば今後慎しんで欲しい。」旨要望したことに対して、債権者は、同年一二月七日の事務連絡会議において、

「鈴木理事長は、あたかもヤクザが居直った顔つきで綱紀粛正を図りたい旨演説したが、他にも綱紀粛正すべき者がいる。」

旨の発言をした。

(2) 昭和五六年一二月二一日の事務連絡会議における謂れなき中傷誹謗

右の「あたかもヤクザが居直った顔つきで」との発言は、学園の管理職として品位を欠き、不穏当であるとして、池田学長が債権者の上司を通じ右発言の取消と反省を求めたのに対し、債権者はこれに応じないのみか昭和五六年一二月二一日の事務連絡会議において、

「前回の事務連絡会議では言い足りなかった。学長は何でもこの会議で言いなさいと言っておいて発言をすると揚げ足を取るのはきたないやり方だ。池田学長は数の力で学長になった。池田学長は、自主、民主、独立といったことをよく言うが、これは共産党の発想だ。最近改めて調べてみると鈴木理事長は、ヤクザとのかかわり合いもある。」

等の発言をし、重ねて理事長、学長に謂れなき中傷誹謗を加えた。

(3) 学園に対する威迫

その後も右のような発言の取消と反省を求める学長の指示を言論弾圧による不当労働行為であるとして拒否し、「処分するならやってみろ。その代り学長や一部理事の不正を司直や世間に暴露する。」旨主張して学園を威迫した。

(4) 中傷文書郵送

学長や一部理事に数多くの学則違反や背任横領事件があるかの如く記載した文書を、その真偽も確認せず、学園評議員、理事、教職員に郵送し、学長や一部理事を公然と中傷誹謗した。

(5) 新聞記事写しの配布

学園紛争を印象づけるが如き新聞記事の写しを服務時間中学園の複写機を使って作成し、教職員や学生達に配布し、学園の秩序を混乱させた。

(6) 昭和五七年二月二四日、同年三月三日の執行部の事情聴取の際の態度

右のような債権者の言動について執行部(鈴木理事長、池田学長、村田、大西各常務理事、下田事務局長の五人の理事で構成)が昭和五七年二月二四日及び同年三月三日に事情を聴取した際、これまでの態度を改め、管理職として姿勢を正すことを誓約して欲しいとの執行部の要求を再三の説得にもかかわらず拒否し、反省の態度を示さなかった。

(7) 昭和五七年三月二九日の常務審議会の呼出に対する出頭拒否

昭和五七年三月二九日常務審議会(理事長、学長、常務理事及び学園職員たる評議員から選任された理事合計一〇名で構成)が弁明を聞くため、二度にわたり出頭を求めたが、拒否した。

(二) 解雇無効の理由

学園の解雇通知書記載の右各解雇事由についての債権者の主張は、次のとおりである。

(1) (1)の事実は認め、用語に不穏当な点があったことも認めるが、債権者の発言の全体の趣旨は、当時学内では執行部の構成員である下田事務局長の疑惑事件が問題とされていたのであるから、部下職員に対し綱紀粛正を強調する前に、その問題をまず解明し、執行部自ら襟を正すのが先決問題ではないか、という点にあり、一部に不穏当な用語があったにすぎない。それだけをとりあげて、解雇事由とすべき程のことではない。

(2) (2)の事実中、「共産党の発想だ。」と述べたことはない。「共産党のスローガンと同じ気がしてならない。」と言ったのである。池田学長の三選問題については、学則に定められた教授会の三分の二以上の投票数を得られなかったので学則違反であり、選挙のやり直しをすべきではなかったか、との意見を述べたのである。理事長のヤクザとのかかわりというのは、当時秋田週刊新聞社の記者と称するヤクザ風の人物が債権者ら職員に面会を求め、素行調査などをしていたので、理事長は、そのような人物を使用すべきでないとの意見を述べたものであり、いずれも(1)と同様に解雇理由とされる程のことではない。

(3) (3)についての事実経過は次のとおりである。昭和五七年一月二五日ころ債権者は、直属上司である鏡就職部長とともに、同部長のさらに上司である吉田学務局長に呼ばれ、池田学長が吉田局長、鏡部長に対し、「債権者の不穏当発言の取消をさせろ。できなければ吉田局長、鏡部長の管理責任(部下である債権者に対する指導に適切を欠くこと)を問う。吉田局長と鏡部長はこの問題について月曜日までに顛末書を提出せよ。提出しなければ業務命令を出す。債権者の課長職を剥奪し、給料を下げて経済的制裁を加える。」と言っている旨を伝え聞いた。吉田局長と鏡部長は、この問題は担当職務の範囲外であるとして、紛争にまきこまれることをきらっていた。そこで債権者は、自分の気持を「備忘録」と題する書面に書いて鏡部長に渡した。その備忘録の中の文章の一部をとらえて、学園は債権者が学園を威迫したと主張しているのであるが、右書面は、池田学長の債権者を降職し、経済制裁を加える旨の脅迫的言辞を吉田局長、鏡部長から伝え聞いた際に、これに反撥する気持から、債権者が右両名の前で述べたことを、ありのままに記録的に記載したものであって、これをもって、学園に対する威迫というのはあたらない。

(4) (4)についての事実経過は、次のとおりである。

昭和五七年一月二三日「大東文化学園教職員懇話会」(以下「懇話会」という。)という名の労働組合が結成され、会長に広岡了哉、副会長に石塚繁美、事務局長に債権者が選出された。懇話会は、同年二月一七日ころ学園教職員に対し広岡会長名で「懇話会結成のお知らせとお願い」と題する書面を送付したが、右書面に債権者作成の前記「備忘録」を添付した。また同月二六日ころ懇話会は、学園理事長に対する「公開質問状」を理事長のほか各理事、評議員にも送付した。学園が中傷文書の郵送というのは、右の二つの文書のことを指しているのであるが、それらの内容は、学園の問題を学園関係者に認識してもらい、学園をより良いものにする目的で書かれたもので、中傷を目的とするものではない。債権者は、懇話会事務局長として右各文書の作成送付に協力したが、これら文書の作成送付は、労働組合である懇話会の行為であって、債権者個人の行為ではない。

(5) (5)についての事実経過は、次のとおりである。

昭和五七年二月一七日読売新聞に「池田学長再選は違法」の見出しで、学園の一部の理事が昭和五六年一二月に行われた学長選挙が学則に違反して無効であるとして学長の職務執行停止の仮処分申請をした旨の記事が掲載された。債権者は、右新聞記事を昭和五五年の池田学長の学術会議での旅費水増し請求事件の際の新聞記事と対比して三〇部ほどのコピーを作り、まだ読んでいない学園関係者に配布した。しかし記事の内容は、学園関係者には既に知られた事実であり、新聞のコピーを配ったことにより学園の秩序が混乱したとか、それが解雇理由にあたるというのは、理解しがたい主張である。

(6) (6)についての事実経過は次のとおりである。

昭和五七年二月二四日の事情聴取においては、懇話会のこと、新聞コピー配付のこと等についてきかれたが、特に反省を求められたようなことはなかった。

同年三月三日の事情聴取は、債権者の前に数個の録音マイクが設置され、理事会執行部のメンバーに取り囲まれ、対決的雰囲気の中で詰問を受けた。池田学長は「辞めろ、辞めなければワシが絶対辞めさせてやる。」と感情的に口走った。鈴木理事長からは「学園に不平や不満があれば、よそへ行って働いたらどうだ。何もここに居てもらわなくともよい。」と言われたが、債権者は、「学園正常化のためこれからも頑張りたい。」と答えた。すると「現状どおり学園に勤めたいなら、誓約書を書いてもらえますか。」と理事長が言うので、どのような誓約書か尋ねると、今後懇話会のような運動をしないという誓約書だと言うので、これは労働組合運動の弾圧であり、不当労働行為であるから「それは書けません。」と断ったのである。また、このような感情的対立下のやりとりが続く中で、下田事務局長から「では、今の理事会は全員やめてもらった方がよいのだな。」と言われ「はい。その方が正常化すると思います。」と答えたことはあるが、売り言葉に買い言葉として述べたものである。債権者にも言い過ぎがあったが、指導的立場にあるものは、部下の批判にも耳を傾け、疑惑があるというならそれを究明し、部下を納得させて信頼を回復するよう努力すべきである。部下の批判を抑えるため、右のような言い過ぎをとらえ反省がないとして解雇理由とすることは、権力を有する者の行為として行き過ぎである。

(7) (7)については、事情聴取及び弁明をきくため、債権者は二時半に出頭するよう命じられたが、ほかに広岡会長は三時半、石塚副会長は四時に出頭を命じられており、このように組合三役を個別に呼び出すことは、組合活動を牽制する不当労働行為につながるおそれが強いので、団体交渉なら応じると通告して出頭しなかったものである。

以上のとおり、債権者の行為に反省すべき点があったとしても、池田学長の「降職する。経済的制裁を加える。」との発言を間接的に吉田局長、鏡部長から伝え聞いたこと、学長再選が学則違反として新聞報道されたこと、新聞記者と称するヤクザ風の男が素行調査をしていたこと等、複雑な背景事情を総合的に考えると、本件解雇は行き過ぎであり、解雇権の濫用として無効というべきである。また、労働組合運動をしたことを解雇理由とする点は不当労働行為に該当し、無効というべきである。

3 よって、債権者は学園に対し雇用契約上の権利と、賃金請求権を有する。

(保全の必要)

債権者は、学園からの給与によって生活を支えてきたもので、家族は妻と子供一人であるが、その生活費のほか住宅ローンの支払もあり、昭和九年七月五日生れで、年齢的に他に適切な就職も困難な状況にある。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1の各事実は認める。

2  同2の(一)の事実は認める。

3  同2の(二)の事実のうち、

(1)の主張は争う。

(2)は否認する。

(3)のうち、池田学長が吉田局長、鏡部長に対し、債権者が反省を示さなければ、その事情について顛末書を出すように求めたこと、債権者が「備忘録」を作成提出したことは認め、その余は否認する。

(4)のうち、懇話会が労働組合であること、同会の名で郵送された各書面の趣旨、その作成送付が債権者の行為ではないとの点は否認し、その余は認める。

(5)のうち、新聞のコピーを債権者が配付したことが学園の秩序を混乱させず解雇理由にあたらないとの主張は争うが、その余の事実は認める。

(6)の事実は争う。

(7)の事実は、債権者の呼出が不当労働行為につながるとの主張は争うが、その余の事実は認める。

三  債務者の主張(本件解雇に至る経過)

1  昭和五六年五月から一一月にかけて、学園内外(板橋校舎、松山校舎、埼玉県庁、松山市役所、日本私学振興財団等)に学園の一部理事を中傷誹謗すること甚だしい匿名の文書(以下「怪文書」ともいう。)が配付された。鈴木理事長の同年一一月一六日の事務連絡会議における発言は、このような学園にとって重大悪質な侵害行為を排撃する趣旨の発言であり、理事会においても確認された方針に沿うものであった。同年一二月七日の事務連絡会議における債権者の前記発言は、このような学園にとって重大な問題について学園の最高責任者である理事長によって述べられた基本方針に対する公然たる反抗であり、管理職にあるまじき暴言であって、単なる用語の適否の問題ではなかった。

2  右のような暴言について、池田学長が吉田学務局長、鏡就職部長を通じて、債権者に発言の取消と反省を求めたのは当然であり、学長の求めに応じて素直に反省すれば、その場限りの問題として、学園は不問に付する予定であった。ところが、債権者はこれを拒否したばかりか、同年一二月二一日の事務連絡会議において、前記(一2(一)(2))のようにさらに暴言をエスカレートさせたのである。

3  池田学長は、その後再度吉田局長に債権者の反省を求め、その結果を報告するよう指示し、債権者が求めに応じないときは、その事情を顛末書に書いて提出するよう求めた。昭和五七年一月二五日吉田局長と鏡部長が債権者に池田学長の右意向を伝え、反省を求めたが、債権者はこれを拒否し、学長や理事達を中傷誹謗した上「吉田局長や鏡部長を責めて私を謝らせようとしないで、直接常務審議会に呼んで弾劾すればよいではないか。私にも覚悟があり、学長や一部理事の不正行為を司直の手にゆだねて暴露する。今では、それがむしろ私の願望である。」などと主張した。翌二六日吉田局長、鏡部長が前日同様債権者を説得し、反省を求めたところ、「私の発言が不穏当であることを池田学長が確信しているならば、処分すればよいではないか。その代り、大東文化大学の池田学長は噂にたがわずやはりお粗末であるわい、と笑われませんかね。」とか「処分するならやってみろ、学長や執行部の不正を世間に暴露する。」などと主張した。吉田局長らは、債権者の右のような態度に閉口して、学長に報告する必要上債権者に言いたいことを書いて、出して欲しいと伝えたところ、債権者は同年二月一日付で備忘録と題する書面を提出したが、その書面には、債権者自身の右のような言動のほか、学長や理事に数多くの不正行為の疑惑があるかのような根拠のない中傷誹謗が記載されていた。

4  その後同年二月一七日ころ「懇話会結成のお知らせとお願い」と題する書面が評議員等学園関係者に広く郵送されたが、この書面には、池田学長が同封書類から推察できるように懇話会結成準備委員に対し「言論の弾圧による不当労働行為」をしている旨記載され、これに債権者作成の前記備忘録と鏡部長作成の報告書、吉田局長作成の進達書の写しが添付されていた。債権者は、懇話会は労働組合であると主張しているが、右の懇話会結成のお知らせとお願いに役員として記載された九名のうち、一名の平職員を除いてはすべて管理職で使用者の利益を代表する立場のもの(会長広岡は厚生センター部長、副会長石塚は情報処理センター次長、事務局長債権者は学務局就職部渉外課長、事務局次長五木田は学務局就職部指導課長、実行委員相原は法学部教授で昭和五六年一二月の選挙で学長候補者として池田学長と争ったもの、実行委員石井は学園評議員で大東文化大学付属青桐幼稚園長、実行委員鈴木は文学部教養課程教授、実行委員高松は経済学部教授で情報処理センター所長)であったので、学園はこれを労働組合とは考えておらず、会長広岡の話によると、会の仕事はすべて債権者がやっているとのことであったから、結成の時期と当時の状況に照らしても、債権者が、学園によって何らかの処分がなされることを予想して、これに対抗する目的で結成した団体であると見ていた。

また、同年二月二六日には懇話会名義で理事長に対する「公開質問状」と題する書面が理事、監事、職員等に郵送されたが、その内容は学園の理事の一部に学園を私物化するような数多くの不正疑惑があるようなことを並べた悪質な中傷であり、右の懇話会結成のお知らせとお願いと題する書面と同一の目的で発送されたと考えられるものであった。

5  同年二月二二日の常務審議会において、債権者の事務連絡会議における暴言問題、備忘録問題の取扱いについては執行部に一任する旨決定されたので、同月二四日執行部は債権者を呼んで反省を示さない事情について聞いたところ、備忘録を評議員に送付したこと、懇話会は労働組合であり、学長が債権者に反省を求めるのは不当労働行為であり、人権擁護委員会に訴えるというようなことを答えた。同年三月一日の常務審議会において、右事情聴取の模様が報告され、債権者に反省の態度が見受けられず、同年二月二六日には前記公開質問状が送付され、かえって学園を威迫する態度が強くなったことから、懲戒解雇の意見もあったが、執行部が債権者に最終的な反省を求め、その結果により処置を決定することとなった。

同年三月三日執行部は債権者の上司である吉田局長、鏡部長を立会わせて債権者に対する最終的説得を試みた。しかし、債権者は、理事長の「今後良識ある学園の職員あるいは管理職として勤務する旨の誓約書を出して頂けないか。」との求めを拒否し、「池田が学長に就任することは、学園を共産化する重大な危機であり、かかる学長を任命した鈴木理事長以下の学園執行部が存続する限り、学園はよくならない。学園を浄化するためには、学長や執行部を全員辞めさせる必要があり、その目的でいろいろの文書を作った。自分は学園の救世主として、今後も右運動を続けて行く。」と言明し、理事達の人間関係をうまく処理するようにとの親身な説得にも応じなかったので、執行部は債権者に反省を求めることを断念した。

6  同年三月二九日常務審議会は、債権者の弁明をきくため再度出頭を求めたが、債権者は拒否した。同月三〇日の理事会において、債権者について、本来懲戒解雇事由に該当するが、同人の将来を考慮し、一応任意退職を勧告し、応じないときは通常解雇することを決定し、同日債権者に任意退職を勧告したが拒否されたので通常解雇を口頭で通告し、翌三一日書面で解雇を通知した。

7  以上のような債権者の上司の指示に対する不服従、学園に対する脅迫、執行部に対する中傷誹謗、さらには学長や執行部に対する公然たる辞任運動等の言動は、雇用関係における信頼関係を破壊するものであり、社会通念に照らし本件解雇は相当というべきであって、解雇権の濫用にあたらず、また懇話会は労働組合ではなく、本件解雇は債権者の組合活動を理由としてなされたものではないから、不当労働行為にあたるものでもない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  争いのない事実

申請の理由中、被保全権利について1の事実(雇用契約、解雇及び解雇当時の賃金)、同2の(一)の事実(解雇通知書記載の解雇理由)は、当事者間に争いがない。

二  解雇に至る事実経過

本件解雇に至る事実経過について、当事者間に争いない事実と(証拠略)を総合すると、一応次のとおり認められる。

1  昭和五六年一二月七日の事務連絡会議における発言問題の経緯

昭和五六年五月ころから同年一一月ころにかけて、学園理事、評議員、教職員のほか日本私学振興財団、埼玉県庁、松山市役所等の外部関係機関にあてて、学園の一部の理事が地位を悪用し多くの不正、非行を働いているので、学園から追放すべきであるという趣旨の匿名の中傷文書が多数送付されていることが理事会にも判明し、怪文書問題としてその対策が協議されたが、送付された文書の内容や添付書類の性質から、これら怪文書を作成、送付した犯人は、学園事務職員の中にいるように推測された。鈴木理事長は、同年一一月一六日の事務連絡会議で、解雇通知書記載のような発言をしたが、これはこのような卑劣な行為をするものは徹底的に糾明し、もし学園職員であれば断固とした処置をする旨の学園最高責任者としての重大な決意を述べたものであった。債権者は、その次の同年一二月七日の事務連絡会議の席上、理事長の右発言に対して、解雇通知書記載のような発言をしたのであるが、その趣旨は、怪文書犯人の糾明よりも、怪文書でとりあげられた理事者の不正問題の糾明が先決問題であるというものであって、理事者からみると、学園最高責任者が重大な決意をもって述べた学園の基本方針に対する公然たる反抗的態度の表明であり、卑劣な怪文書犯人にくみする行動であって、課長という立場にあるものの発言としては信じ難い暴言と評価されるものであった。

2  同年一二月二一日の事務連絡会議における再発言

池田学長は、吉田局長に債権者の上司である鏡部長を通して次回の事務連絡会議で債権者に前記発言の取消をさせるよう指示し、その指示が伝えられたが、債権者はこれに従わず、かえって次の事務連絡会議である同年一二月二一日の同会議の席上、解雇通知書に記載されたような反抗的発言をさらにくり返した。ところでその発言で債権者がとり上げた池田学長再選問題については、同年一二月一七日学長任期満了にともなって、同月七日、一四日の教授会で学長候補者の選挙が行われ、その結果に基づいて同月一八日に池田学長が再任されたのであるが、理事の一部に右の学長候補の選挙に学則違反があるとして再任に反対する意見があって対立を生じていた事情があり、この紛争は翌年になって、少数反対派理事が文部省に監督権の発動を求める上申をしたり、裁判所に学長の職務執行停止を求める仮処分申請をする一方、多数派によって右理事が評議員兼理事の地位を解任され、これに対しさらに地位保全の仮処分申請がなされるというように拡大した。また、理事長のヤクザとの関係についての債権者の発言に関しては、そのころ秋田週刊新聞社の記者と称する一見ヤクザ風の男が学園職員に面会を求め、前記怪文書事件の犯人を探索したり、この問題についての各職員の考え方、動静を探ったりするような行動をした事実があり、債権者もこの人物に求められて面談したが、面談を求められた他の職員と同様に薄気味悪さと不快感を感ずると同時に、この人物は理事長に雇われていると判断したという経緯があった。

3  学園威迫問題

昭和五七年一月二一日池田学長は吉田学務局長と鏡就職部長を呼び、債権者の前記暴言問題について報告書を提出するよう求めた。吉田局長と鏡部長は、その報告書というのは、就業規則に定められた職員に対する懲戒処分手続上必要な所属長の上申書のことであると理解した。吉田局長と鏡部長は、池田学長に「そのような報告書を提出する気持にはなれない。この問題は学務局や就職部の担当業務の範囲外の問題でもある。いきなり懲戒処分というようなことでなく、学長が債権者を呼んで人生の先輩として好意的にアドバイスして指導して欲しい。」と頼んだが池田学長はこれを聞き入れず、あくまで両名に報告書を提出するよう求め、もし提出しなければ業務命令を出し、両名の管理責任を追及する態度を示し、そのやりとりの中で「渡辺課長の課長職を剥奪する。給料を下げて経済的制裁を加える。」などとも言った。その後も両名に報告書の提出をくり返し強く要求した。同月二五日両名は債権者を呼んで、右のような状況を伝えるとともに、「学長は不穏当発言を取消せと言っているのだから、あっさり取消すと言い、その後また自分の考えを述べたらよいではないか。」と忠告した。しかし、債権者はこの忠告を聞かず、「理事会執行部にいろいろ不正疑惑があり、自分はこれをとことん解明したい。問題の発言が不穏当であるというなら、処分してみせて欲しい。私は待ってましたとばかり地位保全等の訴訟を起こすばかりか、学長及び執行部の不正をあえて世間に暴露する決意である。」などと述べた。吉田局長と鏡部長は板ばさみとなって困惑し、鏡部長は第三者に相談したところ、紛争にまきこまれないためには、そのような報告書は書かない方が賢明であるとの忠告を得た。その結果両名は、債権者自身にその経過を書かせ、自分達の意見は加えずにそのまま学長に提出することとし、同年二月一日付で債権者は鏡部長宛の「備忘録」と題する書面を作成し、鏡部長はこれに「池田学長の意向を伝えたつもりであるが、債権者の見解は別紙のとおり」との報告書を付して吉田局長宛に報告し、吉田局長は同月九日付で、これにさらに「報告書進達」と題する書面を付して学長にそのまま進達した。そのため、後に債権者についての懲戒処分の上申書は、同人らに代って池田学長が自ら作成する羽目になり、両名は部下指導に適切を欠いたとして学長から正式に注意を受けた。

備忘録には、前記不穏当発言問題について、昭和五六年一二月七日から昭和五七年一月二六日までの経緯が債権者自身によって記載されていたが、そこには学長やその他の理事に対する不正疑惑のことや処分されたらそれを世間に暴露するつもりであるというようなことが述べられ、上司の指示に対する消極的不服従にとどまらず、積極的挑戦の態度が明らかであった。

4  中傷文書(懇話会)問題

昭和五七年二月一七日ころ学園教職員約四〇〇人宛に「懇話会結成のお知らせとお願い」と題する同会会長広岡作成名義の書面が郵送され、これに前記備忘録が添付され「池田学長は本会の結成準備委員に対し言論の弾圧による不当労働行為をしている」旨記載されていた。そして、同会の役員として九名の名が記載され、債権者は事務局長とされていた。九名の役員のうち八名は学園の主張するとおりの管理職的な役職にあるものであった。しかし、そのうち四名は同年三月二五日までに会の趣旨を誤解していたというような理由で退会した。この会の事務処理は専ら債権者があたっていた。また同年二月二六日ころ同会作成名義の学園理事長宛の「公開質問状」と題する書面が学園評議員、理事等に合計約五〇通送付された。作成名義人は広岡会長であったが、現実に作成送付したのは債権者であり、その内容は、学園の現執行部の理事に多数の不正疑惑があり、その糾明を求めるというものであった。この書面には、あたかも疑惑を裏づけるかのような資料として、学園内部の文書や出所不明の文書が多数添付してあったが、よくみれば、これらの疑惑というのは、いずれも根拠の不明な中傷誹謗というべきものであることが容易に判明するようなものであった。理事会執行部は、懇談会名義のこれらの文書配布は、懲戒処分を予想した債権者が処分を牽制するためにしている攻撃的行動と解釈した。

5  新聞記事写しの配布

昭和五七年二月一七日読売新聞に「池田学長再選は違法、大東文化大の理事の一部、職務執行停止の仮処分申請」という見出しの記事が掲載された。債権者は、この新聞の切抜きに、さらに昭和五五年六月二九日付読売新聞の「池田学長やめなさい、理事会が勧告決議、大東大「水増し旅費」で内紛激化」という見出しの記事の切抜きを並べてコピーした写しを数十部作成し、これを学内で配布した。この水増し旅費問題というのは、次のようなものであった。学園では、昭和五三年二月に財務担当の常務理事が金銭上の不正があるとして解任され、それが訴訟事件となり、新聞、週刊紙等にも報道されたことから内部紛争が表面化し、さらに理事が寄付金を取って裏口入学をさせているのは教授会の専権に属する教学権の侵害であると主張する池田学長が、教授会、教職員組合とともに理事長の退陣を求め、これに対抗して一部の理事が、池田学長は学術会議から不正に水増しした旅費を受取っているとの事実を新聞に売り込み、このように学長が不正を働き、学園の信用を傷つけたことを理由として、学長解任決議案を理事会に提出するような抗争があったが、この池田学長と理事会の紛争は、昭和五五年一一月に一応の決着を見ていた。

6  執行部による事情聴取

昭和五七年二月二四日債権者は執行部に呼ばれ、事情聴取を受けたが、この時は懇話会と新聞コピー配布のことについて事実関係をきかれた程度であった。

同年三月三日の事情聴取は、その結果によって債権者に対する処分を決定する目的で行われ、執行部の五人の理事のほかに、吉田局長、鏡部長も立会いを求められて出席した。録音用マイクの前に坐らされて、債権者は理事達から二時間以上にわたって質問を受けた。下田理事がまず怪文書の犯人が債権者ではないかという疑いについて質問したが、債権者はこれを否定した。次に下田理事から、債権者が学園の危機と言っているのは、何を指すのかと聞かれ、教員に共産党がふえることを指すという趣旨を答えた。この点について、鏡部長は、債権者は逆噴射型人間で、些細なことを深刻に考えるタイプの人間なので、取越苦労をしているだけであると弁護した。下田、大西、池田の各理事から、学長選問題についての言動について、今後も学長排撃運動を続けるつもりかと詰問され「問題があれば、やります。」と答えた。それから感情的なやりとりとなり、対立的空気が激化し、これを聞いていた鏡部長は、「実際にこうやって渡辺に詰問していって、最後にクビにしようとするのか、やっぱりこれは大乗的な立場から抱えていこうとするのか、私は疑問に思います。」と理事達の姿勢に疑問をさしはさんだ。その後大西理事、鈴木理事長から、債権者は結局現在の執行部では学園はよくならないから全員やめさせようという目的の運動をこれからも続けようというのではないか、と追及され、はじめは、執行部の独裁的なやり方を改めて貰いたいと思っているだけだ等と答えていたが、再三追及されるうち、結局これを肯定するに至った。そして理事長から、もし職場にとどまるなら、これまでの勤務姿勢と言行を反省し、良識ある職員として勤務するという誓約をしないか、と聞かれたのに対しても、「できません。」と答え、「処分の文書を下さいよ。」と請求し、理事長が「処分するとは言ってないですよ。」と言うのに、なおも「処分すると言ってるんです。」などと発言した。吉田局長は、この問題について、やはり学長が純粋に先輩としてアドバイスするという気持で処理してくれるべきであったのに、報告書提出を強要したことが事態を悪化させたのだと意見を述べた。鏡部長は、いつもそばに居て債権者の通常人とは基準の異なっている特殊な性格を理解している自分に処置をまかせてもらえば、この問題はエスカレートせずに済んだはずで、池田学長の報告書提出の強要が問題をこじらせることになったと思われ、理事会不信任などというのは債権者のもともとの真意ではないと思う旨の意見を述べた。

7  常務審議会への出頭拒否

同年三月二九日債権者は、弁明聴取のため常務審議会への出頭を二度求められたが、不当労働行為であるとして、同日時間をずらして個別に出頭命令を受けた懇話会の広岡会長、石塚副会長とともに出頭を拒否した

8  解雇

昭和五七年三月三〇日理事会において、債権者について本来懲戒解雇事由に該当するが、一応任意退職を勧告し、応じないときは通常解雇する旨決定され、同日任意退職勧告がなされたが債権者はこれを拒否したので、口頭で通常解雇が言い渡され、さらに翌三一日書面により解雇通知がなされた。同日懇話会の広岡会長、石塚副会長の両名は減給一か月四月分俸給の一〇分の一の懲戒処分に付された。

三  債権者の言動の解雇事由該当性

債権者の解雇理由は、以上認定のとおり、昭和五六年一二月から昭和五七年三月までの約四か月間の債権者の言動であり、概括的に言えば、事務連絡会議において理事長によって示された学園の方針に対する反抗的発言に始まり、そのような発言の取消を命じた学長の命令に従わなかったばかりか、学長その他の理事に対しても誹謗中傷の態度を拡大し、さらに懇話会名義で学園教職員に対してまで広く中傷誹謗文書(備忘録及び公開質問状)を送付して理事会執行部に対し攻撃的態度を示し、執行部の事情聴取において、このような態度の修正要求を拒否したものであるから、このような言動は就業規則二八条一項三号後段(正当な理由なくして上司の命令に違反して本学園の秩序を著しく乱したとき)、一〇号(その他前各号に準ずる不都合な行為があったとき)の懲戒解職事由に該当するというべきである。

この点について、債権者の言動には、自分は正義の味方であり、自分の行為は学園の正常化という学園全体の利益に適う社会的に正当な目的のためにしたものであるから、正当なものというべきであるとの主張が含まれているように思われる。しかし、およそ組織体においては、組織としての活動方針を決定する意志決定機関が存在し、その機関によって決定された意志に従って組織全体が活動することによって組織体としての活動が成立するのであり、組織の一部がその組織の意志決定機関によって決定された意志に従わなければ、組織としての活動は阻害され、あるいは不可能となるから、そのような服従拒否分子は、その傾向が修正される見込がなければ、組織から排除されることはやむを得ないというべきである。また、組織をそのルールによって定められた意志決定機関以外の者が、その機関の意志に反して、自分の意志に沿うように動かそうとすること、あるいは、意志決定機関の構成員の決定に不当な方法で影響を与えようとすることは、組織に対する重大な侵害行為である。学園職員でありながら上司である理事長や学長の指示に従わず、職分上そのような立場にないのに、学長や理事の人事に影響を与えるような意図で文書を配付するなどの債権者の行為は、そのような意味で、正当なものとは到底言えない。また、中傷文書の配付などという行為は、いかなる目的があろうとも不当というべきである。そして、組織の構成員が、組織の意志決定機関によって決定された意志に従わなければ、組織から排除されることはやむを得ないというべきであるから、債権者の前記言動は、任免規則二四条八号(学園の都合によりやむを得ないとき)の解任事由にも該当するというべきである。

四  解雇権濫用の成否

右のような言動を理由とする解雇が、社会通念に照らして、使用者としての合理的な裁量の範囲を越えているというべきか否かについて検討する。

1  債権者の前記のような言動は、前述のように組織の一員の行動として到底許されないというべきであり、まして管理職(<人証略>の証言によると、債権者の部下は二名程度であったと認められる。)としては非常識極まるものである。特に第三者である教職員に対し、執行部に対する根拠もない不正疑惑を記載した中傷文書を配付するが如きは、卑劣なる愚行というほかはない。債権者は、執行部の不正疑惑の追及は、学園正常化のための正義感の発露であり、私利私欲に出た行為ではないなどと主張しているが、建設的提案を含まない単なる攻撃的批判は、一般に有害無益というべきところ、債権者の言動に、建設的提案は見出すことができない。

2  しかし、反面において債権者の利益のために考慮すべき事情として、次の点をあげることができる。

(一)  弁論の全趣旨によれば、債権者にはこれまで処分歴はなく、担当職務については、まじめで有能であった(<証拠略>によると、昭和五七年三月三日の事情聴取において、一人の理事は「ぼくはあなたの能力を高く買っている。だから、その能力をそういう方向に使われると悲しいんだよね。もっと学園の発展のためのいろんな事務処理について、あなたのその有能な能力を発揮していただけると、学園は助かるし、それを学園は期待していると思う。」と述べている。)こと、妻と小学生の子供一人を扶養しているが、解雇された場合、他に適当な収入の道を得るような能力はないことが認められる。

(二)  成立に争いのない(証拠略)によると、就業規則には、懲戒処分として、懲戒解職のほかに戒告、減給(本俸月額の百分の十以内を三月を限度として減ずる。)、懲戒停職(一年以内で期間中無給とする。)が定められていることが認められる。

(三)  前記認定のように、吉田局長、鏡部長は、池田学長の本件への対応には批判的で、あくまで発言の取消を強制したり、いきなり所属長に処分のための上申書提出を強要すべきではなく、本人を直接呼んで人生の先輩としてアドバイスするとか、直属上司として債権者のやや通常人とは基準の異なる考え方を理解している鏡部長に処理をまかせる等の方法をとるべきであり、そのようにしていれば、備忘録提出という予想外の成行きから事態が一挙に悪化することを避けられたはずであるという趣旨のことを述べているが、これらの意見にも傾聴すべき点があったと考えられる。

(四)  池田学長が、吉田局長、鏡部長に対して、債権者に暴言取消をさせるよう指示した際に、「降職してやる。給料を下げて経済的制裁を加えてやる。」と述べたことが債権者に伝えられ、この言葉が債権者の異常な反抗を誘発したと解されるふしがあるが、池田学長の右のような言動には、大学学長という重責を担い、高い指導力を期待される立場にある者としては、言われた者の心情に対する配慮を欠いた軽率さがあるとの非難を免れないというべきである。また、理事会執行部の事情聴取についてみると、理事長は「処分するとは言っていない。」と言葉の上では述べているが、全体の空気としては、同席した鏡部長の前記認定の発言によって窺われるように、処分するための取調べという雰囲気を否定することはできず、今後も執行部排撃運動を続けるとの供述も誘導的に肯定させ、その供述を得たところで事情聴取を打ち切っているが、債権者のそのような言動が、感情的に興奮し、冷静さを失った状態での発言であることは容易に見てとれる状況であったと認められること、理事長は、言葉の上では反省を求めているが、反省という行為は、元来性急な強制には親しまない行為であり、素ぼくで正直な人間にとっては特にそうであると考えられる(弁論の全趣旨によれば、債権者は、そのような人柄であると看取される。)ことからすると、執行部の事情聴取の仕方仁も、学園という高度の倫理性が期待される社会組織の最高指導機関として、人間性に対する配慮と指導者としての寛容に欠けるうらみなしとしない。

(五)  中傷文書を第三者に配布するという行為の卑劣さは、弁護の余地のないものであるが、(証拠略)によって、前記備忘録、公開質問状の内容をみると、そこに並べられた理事者の不正疑惑というものは、一見して根拠のない中傷に過ぎないことが通常人の目にも明らかな程度のもので、まして配布を受けた学園関係者は相当事情も知り、教養においても判断力においても相当高度な人々であったと推認されるから、これらの人々から見れば、そのことは一層明らかであって、結局これらの中傷文書は、所期の目的に役立つものではなく、作成配布した者の人格の低劣さを世間に印象づけるに過ぎず、したがって実害は客観的にはそれ程のものではないと考えられる。

(六)  前記認定のとおり、当時学園には昭和五三年以来の内紛の余じんがくすぶっており、執行部の方針、学長、理事の人事等をめぐって幾多の訴訟事件が係属していただけでなく、自己の主張を通すためにマスコミ、教職員組合、同窓会等の力まで利用しようとする風潮が理事者の内部にも存在するという異常な状態が未だ払拭されておらず、そのことが、債権者の異常な言動の背景事情として存在した。

3  右のような事情にかんがみると、債権者の解雇事由とされた言動は、組織の一員として極めて非常識なものではあるが、理事者側の対応にも火に油を注いだきらいがあり、客観情勢にも異常な点があったこと、失職は債権者に非常な苦痛を生ずることからすれば、これに対して解雇をもって臨むのは相当ではなく、本件解雇は、社会通念に照らすと合理性を欠き、解雇権を濫用したもので、無効というべきである。

五  保全の必要性について

債権者本人尋問の結果によれば、債権者が賃金を唯一の収入として生活していることが一応認められるから、賃金の仮払を受ける必要性ありというべきであるが、昭和六一年九月末日までに支払期の到来した過去の賃金(昭和五七年四月一日から昭和六一年九月末日まで一か月三一万四六〇四円の五四か月分)一六九八万八六一六円については、即時に支払われるべき必要性は、諸般の事情を考慮するとその約二分の一に相当する八五〇万円の限度でこれを肯定するのが相当であり、昭和六一年一〇月一日以降の将来の賃金については、本案の第一審判決の言渡しがあるまで、月額二〇万円の限度で毎月二五日限りその仮払を命ずる必要性を認める。その余の申請については必要性を認めるに足りる疎明はない。

六  よって本件仮処分申請は、主文第一項記載の賃金の仮払を求める限度で理由があるから、事案の性質上保証を立てさせないでこれを認容し、その余の申請は理由がないからこれを却下し、申請費用の負担について民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石悦穂)

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